現在開催中の企画展「南部家のたしなみ-詠む・描く・書く」では、一つ一つの作品に記された文字・落款、その意味について丁寧に読むことを大事にしました。分からない意味や判読できなかった文字などがたくさんあり、なかには展示を諦めた作品もありました。ちょっと大げさですが、歌の心もなく崩し字もそれ程読めるわけではない、私にとってはなかなか大変な作業でしたので、少しその思いが乗った表現になっています。
南部利済筆「しらしらし」は、試行錯誤の連続、何とか解読できた和歌でした。その過程と苦悩をご覧ください。
まず、とにかく読めるところから読むという作業を行いました。 ※〈 〉内は私の心の声
1行目:〰〰 〈文字なのか、それともモヤモヤとした感情の表現???〉
2行目:〰けたる夜の
3行目、4行目に絵文字のようなものがある。それを読むのか読まないのか分からないので、まずは読む場合と読まない場合と両方考えてみる。
3行目:(読む)月かけに雪踏 (読まない)かけに雪踏
4行目:(読む)分天(て)花折 (読まない)分天(て)折
次に、読めた部分をつなげて5・7の音に当てはめてみる。5・7・5音なら発句、5・7・5・7・7音なら和歌か…
けたる夜の/月かけに雪/踏分て/花折 〈5・7・5・4音 発句でも和歌でもない、謎のリズム。〉
きたる夜の/かけに雪踏/分て折 〈5・7・5音 発句ではあるが、何のことやら意味不明。〉
リズムと意味を重視すると、
けたる夜の/月かげに/雪踏分て/花折 〈「月かげに雪踏分て」の5・7音部分は調べも整っている。〉
この部分を生かすとなると、最後を7音にして、5・7・5・7・7音の和歌として読むのがよいが、「花折」では3音足りない。花部分をよく見ると梅を描いているように見るので、「梅花折」(うめのはなおる)とすると7音になる。
けたる夜の/月かけに/雪踏分て/梅花折
冒頭の5・7音をなんとかしなければならない。ついに〰〰と対峙。
短め〰の2行目から、〰が文字とすれば2文字、漢字より仮名。
仮名で縦に〰となりそう文字は…「う・え・く・し・て・に・ら」などか。
〈はじめはほぼーのような形なので、「し」? 最後は右に少しく膨らんで払っているので、「う・く・ら」あたりか〉
「しう・しく・しら」、「しらけたる夜の」
「しらけ(動詞白くカ行下二段の連用形)+たる(助動詞ラ変の連体形)+夜(名詞)+の(助詞)」〈なんか歌っぽい〉
〈短い〰が「しら」なら、1行目も、「し」と「ら」、最後はーで終わっているから、「しらしらし」か?〉
しらしらし/しらけたる夜の/月かけに/雪踏分て/梅花折 〈????〉
本人が詠んだオリジナル和歌の場合もあるが、古今和歌集など古典に収録されている和歌などを書いている場合があるので、確認する必要がある。最近はネット上に和歌のデータベースがあったり、個人の方が様々な和歌のテキストを公開したりしているので、ネット上で和歌をダイレクトに検索する。
なんと、『和漢朗詠集』の最後に収録された編者藤原公任の和歌と判明。
〈有名な和歌だった…、危ない。さすが利済、凝った表現を…。〉
歌の心もなく崩し字もそれ程読めるわけではない私でしたが、キャプションを書かねばという追い込まれた状況で何とか解読できた作品でした。和歌を知っていることが大前提なので、本当に高度な芸術だったのです。たしなみとは本当に恐ろしい世界です。こんな恐ろしい世界ですが、難しく考えず気軽に楽しんでいただければと思います。
担当学芸員:小原祐子