4月20日(土)から始まりました春の企画展「殿さまのギフト ー贈り物にみる盛岡藩・南部家の結びつきー」。いつの間にか開催から1週間以上、時代は平成から令和へ移り変わっておりました。

本展は「贈り物」をキーワードに、盛岡南部家と人々の結びつき、そして実際にどのようなモノを贈り・贈られたのか明らかにしたいと思い企画しました。

展示は4章構成となっており、今回は1章にあたる「伝説の贈り物」の一部をご紹介します。

 

さて、「これは先祖代々受け継がれてきた大切な宝じゃ・・・」と幼いころに聞いた・見た、実際にある!という方はいらっしゃいますでしょうか。もちろんモノ自体も大切ですが、どのような立場の人から、どのような経緯で贈られたのか、ということが大きなポイントで、そこからその家・一族の誇りが浮かび上がってきます。

今回の主役となる南部氏は、中世期以降、統治領域の広さに変遷はあるものの、明治維新に至るまで同様の地域を治め続けた全国でも数少ない一族といわれています。このように長い歴史を誇る南部氏の「先祖代々の宝」、いわゆる「家宝」とは一体どのようなものがあるのでしょうか。

 

【伝説の贈り物①】天皇→南部政行

こちらは「麒麟文硯 銘 松風(きりんもんすずり めい まつかぜ)」。この硯が南部家に伝わった由来は諸説ありますが、12代南部政行が、京都での在番中に「春霞/秋立霧に/まかはねは/思ひ忘て/鹿や鳴らむ」と歌い、都の鹿を静め、その褒美として天皇からこの硯を賜り、また領地に擬宝珠を設置する許可を得たという話は、南部氏、そしてここ盛岡でも長く語り継がれています。

硯箱に納めれた由緒書のひとつには後村上天皇から南部政行が拝領したものと記されており、この他にも盛岡藩の歴史書である「篤焉家訓」「内史略」などにこの硯に関する事が複数残されていますが、いずれも南部政行が時の天皇に歌を誉められ、硯を賜ったという部分は共通しています。

 

この和歌により天皇から褒美(松風硯と擬宝珠の許可)を賜った話は、南部家にとって誇り高く、家の歴史を辿るうえで非常に重要なものだったのでしょう。4代盛岡藩主 南部重信は例の和歌を織り込んだ、政行の絵を描いています。この重信は芸能文化に造詣が深い藩主であり、多くの和歌を残しています。だからこそ、歴代当主の中でも和歌の才能(ギフト)にあふれた政行に対し、人一倍敬意の念を抱いていたのかもしれません。

 

いかがでしょう。拝領された品(贈り物)から時の天皇との繋がり、南部政行という人物とその才能、それを誇りに思う子孫・盛岡藩主の姿が見えてきました。

 

この他にも1章では「雉子頭雌雄御太刀拵」と、刀身「太刀 銘 備前國長船住真長」とそれに関わる資料を展示しています。こちらも時の天皇や将軍から拝領したという品なのですが、「麒麟文硯 銘 松風」以上に由緒に関して諸説がありますので、ぜひ会場にてご確認ください。