蒸し暑いと思って窓を開けて寝れば寒くて風邪をひく。
寒いと思って重ね着をすれば無駄にかいた汗が冷えて風邪をひく。
どう転んでも体調を崩しがちな夏の終わり、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

もりおか歴史文化館で開催中の企画展「ANIMALs×morioka 資料のなかの動物たち」は会期スタートから間もなく1カ月を迎えようとしております。盛岡市内の小中学校ではすでに夏休みが終わったところが多いようですね。関東方面では8月いっぱいまで夏休みなのだという噂を聞いて東京への引っ越しを熱望した幼き日の思い出がよみがえります。(のちに、関東ではそのかわり冬休みが短いと聞いてやめました)

 

本日ご紹介するのは企画展の第3章「武士と政治とANIMALs」。鋭い方はすでにお気づきの通り、川嶋英吾の名曲「酒と泪と男と女」を意識したネーミングとなっております。そんなタイトルが示すとおり、動物たちと武士、そして武士たちが担った近世社会の政治との関わり方を示す資料を紹介しているコーナーです。現代でも政治に関わりを持つ動物がいます。有名なのは中国の「パンダ外交」でしょうか。パンダを各国に送って友好関係を築くきっかけとしているのです。その他にも、個人的な交流に近いものとしては秋田県の佐竹知事からロシアのプーチン大統領に秋田犬のゆめちゃんを贈り、そのお礼にプーチン大統領からはシベリア猫のミールくん(ミールはロシア語で「平和」の意味)が贈られたことがありました。ゆめちゃんはロシアで、ミールくんは秋田で、今も元気に暮らしているそうです。

現代において政治に動物が関わるとき、多くの場合彼らには友好の懸け橋としての役割が求められます。果して江戸時代はどうだったのでしょうか?

 

まずはじめにご紹介しますのはこちら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらの文字モジした資料、「熊皮胆関係文書」と呼ばれています。
日本語にも関わらず英語よりも難解そうな気配をムンムンに漂わせる「崩し字」は、我々の読む気を削ぐには十分な破壊力を持っていますが、そこを何とか読んでみるとこれがなかなかどうして面白いのです。
クマの毛皮と、高級漢方薬としても知られるクマの胆、いわゆる「熊の胆(くまのい)」は江戸時代にも重宝されており、盛岡藩でも毛皮と胆の確保には大変力を入れていたようです。しかし、獲り過ぎれば動物は数が減るもの。盛岡藩も御多分に漏れず、乱獲によってクマの数は減り、後の時代になるにつれて大きな毛皮や胆は手に入りにくくなっていきました。

そんな頃に書かれたのがこちらの文書。盛岡藩から各代官所の役人たちに向けた命令書のようですが、ざっくり要約すると以下のような内容です。

 ①最近クマの捕獲量が減っていて、毛皮も胆も不足しています。がんばって獲ってください。
 ②特に胆は要人への贈り物にもする大切なものなので、褒美の金額をアップします。即金で支払います。
 ③役人は胆商人たちと対立しないように、相手の気持ちになってものごとを進めなさい。
 ④納品された胆に重量の水増しなどの不正が発覚したときは厳罰に処すのでよろしく。

…うん、とってもビジネス。今も昔も仕事上のやりとりなんて同じようなものですね。
ここでご注目いただきたいのは、「胆商人たち」の部分。資料には「胆賈(商)組合」と読める部分があるのです。現代でも漁業組合とか農業組合とか、特定の産業に従事する人の組合というのは存在しますが、江戸時代にもそれがあったということになるわけです。しかも役人たちとの関係性は決して一方的ではなく、相互に協力しあうことが求められた様子もうかがえます。

 

続いてこちら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『絵本鷹かゞみ』という資料の1冊です。
タカは洋の東西を問わず、権威の象徴として好まれた鳥であり、そのタカを用いて行われる「鷹狩」もまた時の権力者たちに好まれました。江戸幕府初代将軍である徳川家康も大変な鷹狩好きとして有名ですが、この鷹狩に使うタカは陸奥国のものが優れているとされたことから、盛岡藩や仙台藩、弘前藩からは頻繁にタカが献上されていましたし、有力大名への贈答品としても重宝されました。
この資料では、様々な姿勢でタカが描かれるほか、古今の鷹狩装束や、タカの飼育の様子、タカの巣子(巣立ち前のヒナ)の捕獲の様子などを見ることができます。
画像はタカに餌を与える様子。それなりの身分であろう人が自ら、しかも地べたで包丁を握る…タカを見つめる愛おし気なまなざしからは、見ていて恥ずかしいほどの溺愛っぷりが伝わりますね。

作者は明治時代に活躍した浮世絵師・河鍋暁斎(洞郁)。「奇想の天才」、「反骨の画家」など彼を語るときに好んで使われる言葉はいくつかありますが、私のオススメは「画鬼」です。異常なほど高い画力を誇り、描くことだけにすべてをそそいだような生き方はまさに絵の鬼「画鬼」の名にふさわしいではありませんか。しかも自分でも「画鬼」を自称していたようですから、ぜひそう呼んであげてください。
話はそれますが、「暁斎」と名乗る前の彼の名前を皆さんご存知でしょうか?
まさかの「狂斎」だったそうですよ。中二病爆発ですね。

 

企画展「ANIMALs×morioka 資料のなかの動物たち」では、ここまでご紹介したような地味目な資料のほか、華やかな絵画資料など、全部で101点の資料をご覧いただけます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子どもたちの夏休みは終わったけど自分はまだまだ休み足りない大人の皆さま、長すぎる夏休みをそろそろ持て余し始めた大学生の皆さま、もりおか歴史文化館で休みを満喫するのはいかがでしょうか?皆さまのご来館をお待ちしております。